『ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。』(イザヤ9:7-8)
前回に続いて、「神の国はいつ来るのか。」です。今日は、紀元750年程前、預言者イザヤが告げた聖句からです。
その予言のとおり乙女マリヤからひとりのみどりごが生まれ、その名をイエスと呼ばれました。彼はおよそ30歳のとき「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」と宣教を始めました。当時イスラエルはローマ帝国により、ヘロデ家の下にありました。それで民はみなローマとヘロデ家の圧政に苦しんでいたのです。そのとき、神の国が来ると言うのですから、民は喜びました。イスラエルの民は、イエス様が王となり軍事力によってローマを滅ぼすと思っていたのです。そして、国が変われば政権も変わり、税金の安い、平和な国を期待したのです。
しかし、イエス様の示された神の国は、みなの思いと違うものでした。軍事力を持つことはなく、民がぶどう酒がないと言えば、水をぶどう酒に変え、パンがないと言えば、5つのパンで5千人の腹を満たしてあまりが出ました。また、船上で嵐にあえば、みことばによって嵐をしずめ、病人を癒し、死人をよみがえらせました。民衆の思いとは違っていたのです。
イエス様はペテロに「わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」(マタイ16:19)と告げました。
民衆はイエス様を十字架で殺しましたが、イエス様は3日後、死を打ち破ってよみがえり、ペテロとの約束を果たされました。
それで、ペテロは天の御国の鍵を開き、キリストの教会が地上に現れました。教会は地上にある天の御国の姿です。そこでは病人が癒され、死人が生き返り、らい病はきよめられ、悪霊が追い出されるところです。ハレルヤ。
『だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。』(マタイ6:33)
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