『私たちの神、主は、ホレブで私たちに告げて仰せられた。「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、その近隣のすべての地、アラバ、 山地、低地、ネゲブ、海辺、カナン人の地、レバノン、さらにあの大河ユーフラテス川にまで行け。」』(申命記1:6-7)
先週、10月28日いちい信用金庫にて新会堂の土地、建物、の支払いを済ませました。みな様に感謝いたします。
今日の聖句にあるホレブはシナイ山のことであり、シナイ山は今も「神の山」と呼ばれています。クリスチャン親和会の住所も同じで、神山連区の中にあります。不思議です。神様は親和会、40周年記念礼拝に際して、アブラハム契約を示しています。
神様はアブラハムにカナンの土地すべてを与えると約束していました。しかしアブラハムはその土地を自分のものとはしていません。神様は契約の真実を知らせるため、「そして、四代目の者たちが、ここに戻ってくる。それはエモリ人の咎が、そのときまでに満ちることがないからである。」(創世記15:16)
と告げています。
いま日本を見れば、神様を無視した生活が普通となっています。そして、すべての生活にそれが現れてきました。親が子を殺し、子は親を敬いません。私たちが子供のころは、銀行強盗もありませんでした。性の倫理は完全に砕かれ、堕胎も同性愛も人間の権利となっています。日本の咎は満ちているのです。
私たちは、神山連区の平和から向きを変えて出発しました。聖書は「あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」(ヨシュア1:3)と告げています。それはこの戦いが私たちのものではなく主の戦いだからです。咎が満ちたからです。聖句のエモリ人は、イスラエルの理想の地に住む全ての種族を総称しています。
私の若いころ、東京に行って一の宮と言っても、誰も分かりませんでしたが、尾西と言えば、みなの人が毛織物の町として知っていました。日本的知名度は尾西が上なのです。尾西とは、尾張の西です。これは終わりの時に通じています。
私たちが移動する場所は、主の目に、最も相応しい場所です。主は私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊に祝福してくださいます。「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」(箴言19:21)のです。ハレルヤ。
『見よ。私はその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。……』(申命記1:8)