元旦礼拝メッセージ(2019/1/1)
- クリスチャン親和会

- 2019年1月1日
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『我らに対する神の愛を我らすでに知り、かつ信ず。神は愛なり、愛に居る者は神に居り、神もまた彼に居給ふ。』 (Ⅰヨハネ4:16)
今年の年間聖句として「神は愛なり。」のみことばが与えられました。私たちのイメージとして、神様は裁き主との思いが強いのではないでしょうか。しかし、そうではありません。 神様の基本は愛です。すべての被造物は、愛によって造られ、愛によって成り立っています。西郷隆盛は「敬天愛人」と揮毫しましたが、まことに愛である神様を敬うことは何よりも大切なことです。
Ⅰコリント13章は愛の書と言われています。ここにある「愛」の代わりに、「私は」という言葉を入れて読んでみましょう。「私は寛容であり。」寛容とは性急ではなく、自分自身を抑えて、神様に従わせる状態を言います。
「私は親切です。」聖書は、親切で柔和な人は地を相続すると言っています。
「私は妬みません。」また、「私は自慢せず、高慢になりません。」と読みましょう。自分自身の足りなさを悔い改める人は 自分を向上させます。
「私は礼儀に反することをしません。」このような人はどこへ行っても、だれにでも喜ばれます。
「私は自分の利益を求めません。」このような人は、まず一番に神の国とその義とを求めます。
「私は怒りません。」神の義を求める人は、怒りを慎みます。
「私は不正を喜ばずに、真理を喜びます。」不正なことを考えない人は自分を罠から救います。また、真理を喜ぶ人にはいつも平安があります。
「私はすべてを我慢します。」我慢する人は、聖霊様の働きを待っている人です。
「私は信じます。」信仰のある人は、自分を成功させることのできる人です。
「私はすべてを期待します。」明日に期待を寄せる人は、必ず成功する人です。
「私はすべてを耐え忍びます。」このように告白できる人は、愛のある人です。そして、このように生きる人が、万物存在の原理にかない、神様の栄光を現す人です。神様の愛は、私たちをこのように生きる者としてくださいます。ハレルヤ。
『こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。』(Ⅰコリント13:13)


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