『私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。』(エペソ2:10)
今日はセルフ・イメージについての学びです。
犯罪者は自分の罪があばかれると隠れます。これは、初めの人アダムとエバが、罪を犯して、「神様である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。」ところから来ているのです。
しかし、人はうわべは隠すことができても、自分の中にある姿を自分自身から隠すことはできません。そこから、人は自分自身のイメージを持つのです。
自分は罪人だというイメージ、敗北者と言うイメージ、自分は病弱だというイメージ、この病から抜け出すことはできないという考え、自分は貧乏に生まれついているというイメージ、地獄で裁かれるという考え、そのようなイメージ、考えに従って人はいつも自分を演じているのです。
イエス・キリストの福音は、自分に対するイメージ、考えを全く変えてくれます。イエス・キリストの福音を受け入れた人は、イエス・キリストを通して義なる時分、力ある自分、祝福される自分、健康な自分、永遠のいのちを持つ自分の姿を見ることができるのです。
このような、セルフ・イメージを持つ人の家庭はほんとうに幸福です。たとえ、物はなく狭い部屋で暮らしていても、今日より明日が、今年より来年が良くなるという希望にあふれることができるからです。人生を左右するのは環境ではありません。
どんなセルフイメージを持っているかによって決まるのです。
私たちが以前どんなセルフ・イメージを持っていても、イエス・キリストの御前に出るならば、「聖なる変化」を体験して、新しい言葉と考えと行動を持つことができるのです。
クリスチャンは、良いことをするために造られ、神様が備えられた祝福を豊かに受けるための者です。
ですから、汚れたイメージ、病弱なイメージ、否定的なイメージを捨て、みことばによって自分の考えを一新しましょう。みことばは、クリスチャンのいのちであり、その全身を健やかにするからです。ハレルヤ。アーメン。
『キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。』(コロサイ3:16)