『その後、神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」』(創世紀2:18)
今日は母の日です。こどもを生んだ方、育てた方、これから生み育てる方、教会にいのちを運んで育ててくださる女性のみなさんに心から感謝します。
みことばにある通り、妻・女性は夫・男性の助け手として造られました。しかし、残念ながらエバは助けるべき夫に、全人類に罪の入るきっかけを作ってしまいました。
しかし、神様は女性を見捨てることなく用い続けました。女性はいのちを宿し、産み、育てることで祝福を家族にもたらす者です。ユダヤ人社会では夫に成功をもたらすのも失敗をもたらすのも妻によると言われているそうです。
過越の祭では、日没に燭台にあかりを灯し、祈りを捧げるのは女性と決まっています。それは一度光を消したのが女性、エバであったので、もう一度光を灯すことができるのは女性と信じられているからです。
その光とは何でしょう。マリヤの胎に聖霊により宿され、この世に来られた、二度と消えることのないいのちの光、イエス・キリストです。
「助け手」というと目立たない役割のように聞こえます。しかし、マリヤのように、神様のみこころがなされるための大きな役割が「助け手」の女性には与えられているのです。
私たちが助けるのは肉の夫だけではありません。私たちの霊的な夫であるイエスです。私たちは神の霊、キリストの霊である、聖霊を宿し、いのちを生むのです。そして、その生み出すいのちは自分を満足させるだけでなく、祝福を流し出し、人々を生かすのです。
私たちもマリヤと同じく神の霊によって、いのちの光をこの地にあらわすものです。性別関係なく、イエス・キリストを信じるすべての人がいのちを生み出すのです。神様の呼びかけを聞き、その声に従い、神様のご計画をなすための助け手として、永遠に変わらないいのちを流し出していきましょう。そして、いつも教会や家庭で助け手となって下さり、その模範を示してくださっている女性のみなさんに心から感謝します。
『さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」』(ヨハネ7:37〜38)
(文責:朋子)