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執筆者の写真クリスチャン親和会

聖日礼拝メッセージ(2017/6/18)


『しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスのを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。』(ピリピ3:7-8)

 今日は、「新しい価値観。」のテーマです。今日パウロは、「しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。」と告げています。他の訳では、「得」を「益」としています。

 パウロは幸せになるために努力をした人です。第一番、彼は、成功するためには血統が大切と考えました。幸いなことに彼はイスラエル民族に属し、ベニヤミンの別れの者でした。

 第二番に、学問についてはⅠ世紀最大のラビ、ガマリエルのもとで学び、その学力は、パウロの同族の同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。

 第三番、信仰については、彼はキリスト教は律法に違反していると思い、キリスト教会を激しく迫害し、これを滅ぼそうとすることによって、自分の誇りとしたのです。

 しかし、この彼の価値観が、根底から崩れ去ることが起きました。それは彼がイエス・キリストを知ったからです。そればかりか、今まで自分が誇りとしていたすべてが、ちりあくたと思えると言っています。

 それは、あまりにも偉大な神様の計画を知り、また、人知を超えた神様の大きな愛を知ったからです。それに比べるとき、自分の名誉と誇りのみを求めた身勝手さと、矮小さを思い知ることになったのです。

 彼は、「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。」(ガラテヤ6;14)と告げています。パウロの霊的知恵と力は、このような価値観から生まれたものと思われます。

 それは、自分を誇る価値観から、神様の愛を告げ知らせる十字架を誇りとする価値観の変化からです。私たちもこのパウロの価値観に倣うものとなりましょう。神様は喜んで、その人を祝福してくださいます。

ハレルヤ。

『…律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて,神から与えられる義を持つことができる、と言う望みがあるからです。』(ピリピ3:9)


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